大判例

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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)1038号 判決

原告

右代表者

法務大臣 中村梅吉

右指定代理人

法務省訟務局第五課長

堀内恒雄

法務事務官

津野茂治

大蔵事務官

恩蔵章

東京都台東区浅草桂町十四番地

被告

佐藤庄吾

東京都世田ケ谷区玉川等々力二丁目三十四番地の二

飯田俊雄

右被告飯田訴訟代理人弁護士

佐藤庄吾

主文

被告飯田は東京都台東区小島町一丁目二五番地(登記簿上同都浅草区芝崎町一丁目三番地)小林重太郎に対し別紙目録記載の建物につき東京法務局台東出張所昭和二十九年六月二十一日受附第一三六七五号東京地方裁判所の和解を原因として抹消された同出張所昭和二十年十月十五日受附第二三五三号を以てなされた右小林の同日附売買を原因とする所有権取得登記の回復登記手続をせよ。

原告その他の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は主文第一、三項同旨の判決の外、被告佐藤は前記小林に対し別紙目録記載の建物について東京法務局台東出張所昭和三十年七月四日受附第一三八五一号を以てなされた同月二日附の売買を原因とする所有権登記、被告飯田は右小林に対し前記建物について同出張所昭和三十年七月四日受附第一三八五〇号を以てなされた昭和十九年十月十八日家督相続による所有権取得登記の各抹消登記手続をせよとの判決を求め、請求原因として次の通り述べた。

一、(イ) 別紙記載の建物は、もと訴外飯田省吾の所有に属していたがこれを訴外小林重太郎において買受け東京法務局台東出張所昭和二十年十月十五日受附第二三五三号を以て売買による所有権取得の登記手続をした。

(ロ) 原告(東京国税局長)は昭和二十五年十月二十五日右小林の滞納税金(昭和二十四年度所得税百十八万二千七百円)徴収のため当時同人所有の本件建物を差押え、同法務局出張所同年十一月十五日受附第一五五五六号を以てこれが登記手続を了した。

(ハ)右小林は右差押を受けた後に昭和二十六年十一月十九日差押の目的物である本件建物を訴外氏田万三郎に売り渡し、同出張所同月二十日受附第一七四六九号を以て氏田がその所有権取得登記を経由した。

(ニ) ところが右氏田を被告として飯田省吾の家督相続人である被告飯田俊雄が登記抹消等を求める訴を提起し、東京地方裁判所昭和二十八年(ワ)第三三二号事件として係属中、昭和二十九年三月一日右事件原告飯田俊雄と被告氏田万三郎との間に左記内容の裁判上の和解が成立した。すなわち、

(一)  被告は原告に対し本件建物に対する昭和二十年十月十五日附飯田省吾と小林重太郎との所有権移転登記の無効なることを確認する。

(二)  被告は原告に対し右物件に対する昭和二十六年十一月二十日附小林重太郎と被告との所有権移転登記の無効なることを確認し、右物件についての所有権移転登記を抹消すること。

(三)  原告は被告に対し右登記抹消の対価として金三十万円を本日支払い被告はこれを受領した。

(ホ) 本訴被告飯田俊雄は昭和二十九年六月二十一日右和解調書を添附して同出張所に登記抹消申請(同日受附第一三六七五号及び同第一三六七六号)をしたところ同出張所は昭和二十六年十一月二十日附訴外氏田の取得登記を抹消したほか昭和二十年十月十五日附小林重太郎の取得登記をも抹消した。

(ヘ) その後登記簿上本件建物については同出張所昭和三十年七月四日受附第一三八五〇号を以て被告飯田俊雄の家督相続による取得登記手続がさらに同日受附第一三八五一号を以て被告佐藤に売買による移転登記手続がそれぞれなされ、現在被告佐藤が登記名義人になつている。

二、しかし同出張所が被告飯田の申請によつて前記小林重太郎名義の登記を抹消したのは次の理由で無効である。

(イ)  右抹消登記の申請は登記名義人小林重太郎に効力の及ぶ和解調書によつてなされたものでないこと。

(ロ)  右抹消登記申請には登記上利害関係を有する原告(東京国税局長)の承諾書またはこれに対抗することを得べき裁判の謄本添附せずなされた。

これは登記官吏としては不動産登記法第二十六条、第百四十六条、第四十九条により右申請を却下すべきであるこというまでもない。

三、右のとおり訴外小林重太郎の有する所有権取得登記を抹消したのは不適法で無効であるから、前述の被告飯田俊雄のなした家督相続による取得登記もさらに同人より被告佐藤に対する移転登記もいずれも無効であつて、(原因関係においても被告等は実体上の所有権を取得していない。)差押登記を有する原告は誤つてその所有権取得登記を抹消された納税人である小林に代理して、被告両名に対してそれぞれの取得登記を抹消すべきこと、ならびに被告飯田に対し同人の申請により抹消された小林の所有権取得登記の回復をなすべきことを求めるため本訴に及ぶと述べ

被告等の主張に対し訴外飯田省吾と小林重太郎間の本件建物についての売買並に移転登記は飯田省吾の死亡後になされたものであることは認めるが訴外小林は右省吾の相続人である被告飯田より本件建物を代金四万五千円を以て買受け所有権を取得したものであるから、相続登記を省略して便宜上当時所有名義人であつた省吾から直接に小林に移転する旨の登記をしたからといつて該登記を無効とすべきいわれはない。また被告等は訴外小林は本件建物を訴外氏田に売却したので本件建物については無権利者であるから、国が無権利者の権利を代位することはできないと主張するが、小林は本件建物を国税滞納処分による差押を受けた後に訴外氏田に売り渡しているのであるから該処分は差押債権者である原告に対抗することはできず国に対して小林は依然として本件建物の所有者であると称すべきである。なお国(国税庁係員)が被告佐藤に対し、前記和解成立の結果訴外小林に対する差押を早速解除すると述べたとの点を否認する。

と述べ

立証として甲第一号証を提出し、証人小林重太郎の証言を援用した。

被告等は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として原告主張事実中訴外小林が被告飯田より本件建物を真実に買受け所有権を取得したとの点並原告の法律上の見解を争うがその他の事実を認める訴外小林は昭和二十年十月十五日それ以前に死亡した被告飯田の先代飯田省吾より本件建物を買受けその旨の登記手続を了したのであるが右小林と省吾との登記は根本的に無効である。また被告飯田の訴外氏田に対する登記抹消事件において訴外氏田が抹消義務者であり既に登記名義を訴外氏田に移転した訴外小林は抹消義務者ではない。

従つて右氏田のみを当事者として右提訴に及んだのでその結果被告飯田と訴外氏田との間に原告主張のような和解が成立したのでもとよりこの和解は有効である。だから被告飯田の代理人である佐藤庄吾は昭和二十九年六月原告(国税庁)を訪問し右事件は飯田と氏田間において和解が成立したから訴外小林に対する滞納税金の差押の解除方を請求したるに早速解除する旨承諾したのである。また原告は訴外小林を代位して本訴を提起するというが、民法第四百二十三条は債務者に実質上の権利の存在することを前提とする。しかるに右小林は自己の権利を前記のように訴外氏田に譲渡し本件建物については実体上何等の権利も有しないので国が小林を代位することは不可能であると述べ甲第一号証の成立を認めた。

理由

別紙目録記載の建物はもと被告飯田俊雄先代訴外飯田省吾の所有であつたが、同訴外人名儀より訴外小林重太郎へ所有権移転登記が経由されたこと、右不動産が昭和二十五年十月二十五日右小林の滞納税金のため国より差押を受け、その旨の登記手続がなされたこと、しかるに訴外小林は前記差押を受けた後である昭和二十六年十一月十九日本件建物を訴外氏田万三郎に売り渡し原告主張のような氏田名儀の所有権取得登記手続のなされたこと、その後被告飯田が訴外氏田に対し登記抹消等を求める訴を東京地方裁判所に提起し係属中昭和二十九年三月一日被告飯田と訴外氏田の間に原告主張のような裁判上の和解が成立したこと、そして被告飯田が昭和二十九年六月二十一日東京法務局台東出張所に対し右和解調書を添附して登記抹消申請をなしたところ右出張所は昭和二十六年十一月二十日附訴外氏田の所有権取得登記を抹消した外、昭和二十年十月十五日附訴外小林の所有権取得登記をも抹消したこと、その後、本件建物について原告主張のような被告飯田の家督相続による取得登記の外さらに同被告より被告佐藤に売買による移転登記手続がなされた事実は当事者間に争いがない。

しかして成立に争いのない甲第一号証証人小林重太郎の証言を綜合すれば、被告飯田の先代飯田省吾が昭和十九年十月十八日死亡し同被告において右省吾の家督を相続し本件建物の所有権を取得するに至り昭和二十年十月十五日訴外小林重太郎に対し右建物を売渡したが、登記名儀が未だ先代省吾で存在していたので右省吾から直接訴外小林に譲渡したものと看做し右小林の所有権取得登記を経由した事実を認めることができるが、相続登記を省略し便宜直接被相続人から相続人の相手方である買主名儀に、所有権移転の登記手続をしたからといつてその登記が当時の真実の権利関係を表示する以上無効というべきでないことはいうまでもないところである。

そして前記被告飯田と訴外氏田間の訴訟上の和解の効力はその当事者間でない訴外小林に及ぶはずがないし、しかも右小林の所有権取得登記については、国より同訴外人の税金滞納のため差押の登記の経由されており従つて国は、右小林の登記抹消の利害関係を有するものと称すべきであるから、右抹消をするには利害関係者国の承諾書またはこれに対抗することを得べき裁判の謄本を添附することを要する。右承諾書や裁判の謄本の添附のなかつたことは本件口頭弁論の全趣旨から極めて明白である。してみると、右和解調書に基いて前記小林の所有権取得登記を抹消したのは不適法で無効であるものといえる。被告等は訴外小林は本件建物を訴外氏田に売却し現在この建物につき所有権がないのであるから、原告は無権利者である訴外小林の権利を代位することは許されない旨抗争するが、右売却日時以前に原告は本件建物につき訴外小林に対する国税滞納処分による差押をなしその旨の登記も経由してあるので、右売買は本来差押権者である原告に対抗し得ず従つて被告等も原告に対し訴外小林が無権利者であることを前提とする抗弁はこれを主張し得ないものというの外はない。

してみると原告が自己の差押の効力を保持するために訴外小林の権利を代位行使し同訴外人名儀の前記所有権取得登記の抹消登記手続に及んだ被告飯田に対し、抹消登記の回復登記手続を求めることは正当であるといわねばならないし、これに利害関係を有する被告佐藤も右回復登記を受忍する義務があるものと認めざるを得ない。しかし原告が被告両名に対し、それぞれの取得登記の抹消登記手続を求める部分は、仮に訴外小林においてかような権利があるとしても権利者が代位権を行使するには自己の権利を保存するに必要な範囲に限ることは明白であり、原告が前記差押の効力を保存するためには被告両名の前記各登記までも抹消せねばならぬとする特別の理由もないのでこの点に関する原告の請求は失当である。

よつて民事訴訟法第八十九条第九十二条第九十三条を適用し主文のように判決する。

(裁判官 柳川真佐夫)

目録

東京都台東区浅草小島町一丁目二十五番地所在

家屋番号同町二五四番

一、木造スレート葺二階建居宅 一棟

建坪 十六坪五合

二階 十三坪五合

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